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写研の81年の字形変更は快挙であった!

新しく入手した資料によって書体によって字形を変更した字種に差があることが判明したので、以下の記述は必ずしも正確ではないことをお断りしておく。その辺りは後日記事にするつもりではあるが……(100707追記
ここに例示したLMとLHMの例でいえば、81年の改訂後も、LMの表外漢字の字体はごく一部しか変更されておらず、LHMの表外字を中心とした字体変更は書体発表当初からであったと考えられる。
写研の字体変更など_手動機・電算 参照

前回の記事で書いたように、写研では1981年に制定された常用漢字人名用漢字に対応して字形・字体を変更したのだが、その辺りを説明しようとして調べている際に、奇妙なことに気付いた。
下の画像は文字盤の一部だが(上が変更前、下が変更後)、表外漢字である「拳」や「鴉/嘘」が新しい文字盤では伝統的な字体に変更されている。
※現在調査中だが……これらの変更(一部or全部)は電算写植の字形には及んでいない可能性が大きい*1(091127追記

※写研の電算は当初のSKフォント〜SCフォントは、ほぼ(ここに一例を挙げた)手動機の81年改訂後の字形だったが、1988年にJIS78に合わせ78フォントに大幅変更し、その後改訂せず、現在もママ*2(以下100707追記


  • 「媛/拳」は90年に人名漢字に入るので、81年時点で「媛」を変更していないこと及び「拳」の伝統的な字体への変更はもちろん問題ない。


(コメント欄でのid:ogwataさんの指摘を受けて、後続の2段落を少々変更した)
これはちょっと確認する必要があると思ったが、文字盤すべてをあたっていたのでは日が暮れる。それで「何か資料があったなぁ」と探し出したのが、京大の安岡孝一氏のJIS漢字案(1976)とJIS C 6226-1978の異同と題する論文。
JIS C 62666226-1978=JIS X 0208(78JIS)の案と実際の規格との異同を検証されたもので、下はその一部をスキャンしたモノ*3。直接の関係はないが、とりあえずはここから確認する字種を導き出すことにした。



この前に当たる部分に「案の印刷には活字の切り貼り・和文タイプ・手書きが混在」とされており、一方、ご存知の方も多いと思うが、実際の規格表は写研の細明朝体で印刷されている。


ここに挙げられている(非漢字♂を除いた)18+32=50字について調べてみた。
まず、写研では変更のなかったモノ「均/訊/尨/弭/挈/滾/煢/聶/苣/袞/躡/邨/鑷/菜/柵/珊/綬/柊/渣/箜/粮/螂/跚/踉」24字と4級までの文字盤中に見つけられなかったモノ「夛/啌/悗/椌/茣/鈩」6字についてInDesign上で各種の字形を適用してみた。


  • 「均」はJIS X 0208当初(78JIS)は「ン」形、90JISで変更。本来は当用_常用漢字を通じて案=JIS90字形と同じ。写研では案の字体は78年当時から正字文字盤に。常用漢字のデザイン差の例として挙げられている。
  • 「菜」は「当用漢字字体表」から新字体が採用されている。当然、案の字体は78年当時から正字文字盤に。
  • 「綬」の案の字体は『明朝体活字字形一覧』にも見られないので、拡張旧字体というべきものかもしれないが、「案」が何処かから連れてきたのは事実。写研には見あたらない。
  • 「鈩」は写研の旧タイプ文字盤には見つからなかったが、81年以降の新タイプでは拡張新字体などを多く収容した汎用外字文字盤*4に。


ご覧の通り、とくに説明は不要だと思うが、JIS X 0208_90までにいくつかは変更され、「訊」はJIS X 0213_04で変更された。私なりの判断としては、加えて「尨/煢/苣」は変更する必要があるということ。


次に残った、写研の81年・大改訂の時点で変更のあった*520字(+2=扈/歎)をスキャンして並べてみた。
(参考として「扈」と次項「3.4 誤植など新たなミス」に挙げられている「歎」を加えた)



印はJIS X 0213_04での変更と同じ、さらに別コードが与えられた「俱」も同じと考えて差し支えないだろう。
上の例と同様にInDesign上で各種の字形を適用してみた。


  • 「拐」は常用漢字に加えられたので当然の変更。写研では元の字体は正字文字盤に収容(『明朝体活字字形一覧』にも両方が見られる)。
  • 「翩/蝙」は現行JIS X 0213_04(04JIS)も表外漢字字体表のまだ外なので変更前の字形ママだが、私なりには写研の変更は正しい判断と評価できる。
  • 同様な理由から「滬/扈/唳」に関しても、(JISでは紆余曲折があるものの)私なりには写研の変更は正しい判断と評価できる。
  • 「螽」に関しては現行JIS例示字形(変更の履歴はない)も写研もご覧の字形なので、なぜ78JISの1刷が(安岡氏の挙げられている)右の字形になっているのか不思議だが、これは左右の字形の入れ違いという氏の単純ミスだと思う(私の判断としては右の字形が正)。
  • 「逞」はJISでの変更はないが、写研は変更している。『明朝体活字字形一覧』を参照しても写研・変更後の字形は1例のみ。末尾に画像を掲げておいたが右端に参考として挙げてある『諸橋大漢和』の影響か?


勿論、この写研の変更は「案」の字形に戻そうということではなく、他にも変更の例は幾つもある。以下は偶然見つけたモノの一部*6。例えば→こんな具合に。


  • ここには挙げなかったが「冴」に関しては、変更後は78JISの字形は文字盤上には見られず、正字文字盤には「牙」を四画に作ったモノが収容されている。


「嚮/籐/憐」などは上の「逞」と同様に、字母を提供することになる『諸橋大漢和』の影響を少なからず受けているようだが、先に挙げた写研では変更のなかった「柵」などには部分字形を統一しようとする独自の判断がはたらいていたのであろうことも垣間見える(「訊」も大漢和とは異なる)。
参考に『明朝体活字字形一覧』の一部を掲げておく。



長々と書いてきたが、つまり、写研では常用漢字に合わせるべく改訂した81年の時点で、字体・字形に表外漢字にも再検討を加え必要と思われる変更を行ったということ。
(写研の文字を用いて印刷されたJIS規格ではあるが、その写研はJISの例示字形に束縛されることなく変更を行った)
それは04JISで行われる「いわゆる康煕字典体」に合わせた例示字形の変更を遙かに先取りしていたということ。
後に83JISで拡張新字体を大幅に採用するという「愚挙」を行うことになるJISの判断と如何に違うことか、正反対である……大きな拍手を送りたい。


現在のデジタルフォントのほとんどがJISの範囲で標準字形を決定し、「Adobe-Japan 1」に基づいて異体字を実装するというのは現実的でよくわかるのだが、写研ぐらいのポリシーをもって字形・字体を実装するフォントベンダーが一つぐらいあってもいいのではないかと思ってしまう。

*1:今読んでいる『国語審議会─迷走の60年』(講談社現代新書)は写研の中明OKLのようなのだが、「次」はJISの例示字形同様のCID2253様になっており、2007年の刊行。念のため、私の事務所で確実に中明OKLで組んで電算出力した1998年刊行の書籍を確認しても同様。写研さんに質問メールを投げたのだが……。ちなみに手持ちの中明OKLの文字盤は同様の変更がなされている

*2:標準を78フォントに変更した1988年は出力方式のCRTからレーザーへの移行ともタイミングが合っているそうだが、出力結果が眼に見える手動機とは異なり、電算ではコードで字形を確定しなければならないコトとも絡み、社会的に認知された(例示字形でしかない)78JISに回帰してしまったということだろうか?

*3:勿論、ご承諾をいただいている

*4:発売時期は問い合わせ中だが、返事が来ない

*5:変更のないモノもあるが説明の必要上の措置

*6:「辻」に関しては、案は二点しんにょうに見えるので安岡氏にご教示を仰いだところ、「見落とし」で上記論文の「フォントの差」に入れるべきモノとのご返事をいただいくとともに、さらなるツッコミを期待された。この中には他にも怪しいのがいくつかあるが私の環境では「案」の字形・字体が特定不可能なので……