なんでやねんDTP・新館

はてなダイアリーから移行しました…

結 ぶら下げ組について

先日の記事で、出版社を通じて活版現場に問い合わせると予告していたが、出版社の方が気を利かせてお尋ねくださったそうで、直接やりとりは出来ず少々消化不良気味だが.....。
作業性についてはコメント欄のせうぞーさんのご意見通り「どっちもどっち」、その発祥についてはご存知ないとのことだった。


今あらためて府川氏の説を読んでみると、「ぶら下げなし」組版が後から生まれたことになってしまっている*1。「ぶら下げあり」組版に肩入れする余りの勇み足では.....と思った次第(読み違いならスミマセン)。


で、コメント欄でせうぞーさんの「んで、どっちが作業効率に寄与するかというと、どっちもどっちなんです。」という活版植字の経験者ご本人の貴重な意見をお聞きし、ならばと興味はそのホンマモンの発祥に移行したのだが、これもコメント欄で森洋介さんに「西島九州男『校正夜話』(日本エディタースクール出版部)に記述」があるという重要な情報をいただいた。



古本だが当該書籍を入手したので、早速その段落部分を以下に引用させていただく。(1982, 日本エディタースクール出版部, p.142-143)

 たとえば組の行末に句読点が来て行中におさまらずはみ出すような場合、句点はなんとかして入れるようにしますが読点は取ってしまうというのが常識だったんです。それを入れようとすると、活字というものはご存じの通り真四角なものですから、倍数の関係でどこかで字間を割ったり句読点の下をつめたりして調整しなければならない。どうしても無理がくるし手数がかかる。そこで邪魔な読点などはとってしまえなどという無茶なことになるわけです。そういうことから、私の方で行末にはみ出す句読点を行末の文字の下にブラ下げるということを“発明した”っていいますか、初めてやりました。ブラ下げた方が活字の倍数の関係から合理的だという合理主義的な考えから始めたのですが、 <中略> だいたい今までの習慣を破ると、おなじみがない形ですから初めは気にかかるようですが、今では他社でも多くこのやりかたをとっているようです。


作業性のことも背景にはあるものの、原稿の書き換えを防ぎ(守り)、調整を回避する=全角字送りを守る方法として発明されたということになろうか。


こうなると、前の記事にも書いた前田氏のいう「歴史的に言うと、ぶら下げありというのは、活版においては字間を広げたりしないという、一つの逃げ方のようなものだったわけです。逃げ方というか、守り方というか。」がほぼ正確に言い表しているといえるだろう。
で、結果を活版植字の作業性の面からみると、別の作業量が増えることもあって「どっちもどっち」ということで、どちらの説も間違い(正確ではない)であろうということになる。


これで終わりではチト寂しいので、もう少し。


前田氏はJIS X 4051(日本語文書の組版方法)改正素案への私のコメントのなかで、文庫本の多くが「ぶら下げあり」組版を採用していることを冒頭に挙げ、逆井克己氏の『基本日本語文字組版』(1999, 日本印刷新聞社:絶版)を引用する形でこうも仰っている。

逆井克己さん[1999 pp.88-90]は,行末処理のさまざまなケースの検討を通じて【行末句読点の位置を揃える】ことを慎重に提案し、そのうえで【行中の調整を回避できることが多く、その結果読みやすい組版につながるという点】を【ぶら下げの効用】と指摘なさっています。


不勉強にも、原典を持ち合わせていないが.......。


理解不足を承知で言い換えを許してもらえば、
コンピュータによるDTP組版を実践している現在において「ぶら下げあり」組版を行う理由・動機としては、決して従来の伝統を踏襲することに拘泥しているわけではなく(その発祥に関係なく)、行中の調整を回避できることが多く(が、それは作業性云々ではなく)、一見するところの「箱組みの全角ベタ送り組版=タテヨコきちんとそろった枡形組版」を守ることになり、結果として「読みやすい組版(可読性)」につながるのではないかということだろう。
この結果としての「読みやすい組版」に重点があるということ。事実、私の付き合いのある編集者の多くも「ぶら下げあり」を好んで用いる。


活版における「ぶら下げあり」組版の作業性への疑問に端を発して、なんやらややこしいところまで来てしまった。
ここで焦点となってきた「読みやすい組版」はもちろん書籍組版の最重要課題だが、あわせて「美しい組版」を考えるに際しては、「タテヨコきちんとそろった枡形組版」、あるいは「行末句読点の位置」「行末括弧類/中点類の揃え方」ということがキーワードになるのだろうが(行頭括弧類・行中連続約物の扱いとも密接に関連するのはいうまでもない)........。


せうぞーさんの指摘にもあるように「好み」の問題でもあるので「ぶら下げあり」組版の件はこの辺でオシマイとしたいが、この検討を通じて私がいままで考えていたひとつの誤解*2が解け、(今頃になってやっと)私の好みは「ぶら下げあり」組版に傾いてきたようだ。


InDesign登場前のものだが、
示唆に富んだ「日本語の文字と組版を考える会」の以下の文書は必読。
第13回セミナー・「もう一度、組版」報告集
第17回セミナー・「組版が立ち現れるまでに」報告集
さらに「明解クリエイターのための印刷ガイドブック DTP実践編」(1999, 玄光社)のPart1 明解 日本語文字組版鈴木一誌, 前田年昭, 向井裕一)も。

*1:気づかなかった己が情けない

*2:これは秘密