写研の字体変更など_手動機・電算
写研の手動機および電算出力機の実装字形について必要があってちょっと調べていたところ*1、ある資料を入手した。で、それらの資料から判ったことをメモ的に記しておく。
入手した資料は以下のようなモノで、電算出力機のユーザーに対する字体説明用のものであるらしい。
【資料1】 ’78字体と現手動機字体との比較表:
- 81改訂の手動機用文字盤と電算’78フォントとの字体差比較
【資料2】 SK・SC/’78 配列変更字種一覧:
- SK・SCフォントから’78フォントに改訂した際にコード位置を入れ替えた字種例
【資料3】 配列変更字種の例外的な字体(SCフォント):
- 上記の書体による例外
【資料4】 字体相違比較表:
- SK・SCフォント(旧)と’78フォント(基本)との字体差比較(上記入れ替え含む)
これらが、おもな書体毎に一覧にされている。
これとは別に、他所から入手していた基本的な情報を参考までに羅列する
- 電算フォントは出力機の変遷に伴い「SK」-「SC」-「’78」と変遷
- 「SK・SC」はCRT方式、「’78」でレーザータイプに(文字盤からデータへ)
- 「SK・SC」からJIS78に合わせた「78」に大幅変更した時期は1988年、その後改定せず、現在もママ
- 現在は「’78」が基本字体ではあるが、過去データを活かすために「SK・SC」がオプションとして出力可能
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●手動機の字体
まず、以前に記した記事ではちょっと正確ではないのでその件から。
写研の81年の字形変更は快挙であった!などとちょいと恥ずかしいタイトルを付けた記事では、「写研の手動機の文字盤は1981年の常用漢字の制定に合わせて大改訂され、表外漢字にも再検討を加え必要と思われる変更を行った」とした。
この文意自体は特に問題はないのだが……その際に例示した字種の一部を配列を変えて再掲する。
これでは、あたかも手動機の明朝体系の全書体が変更されたように受け取られてしまいかねないが、今回入手した資料から必ずしもそうではないことが明らかになった。
分かり易い例を挙げる(常用漢字だが*2)。
上の画像の左上に部分字形「次」を含む常用漢字を集めてあるが、資料および手持ちの文字盤を実際に確認した結果、手動機の文字盤に収容されている字形は以下の通り(主な明朝系書体)。
このように書体によって微妙な差があり、例示した変更は(特に石井明朝体系においては)各文字盤を実際にあたってみなければ正確なところはわからないことをお断りしておかなければならない*3。
これは、【資料1】の以下のような文字の並びを眺めていてようやく気づいた次第。文字盤があるのに実際にそれの確認を怠ったことを反省している。
なお、電算の字体が完璧に統一されているとした場合、【資料1】を詳細に比較検討すれば、(手動機用文字盤)各書体間の字体の差異もある程度明らかにはなるのだが、それに当てる時間は残念ながら無い*4。
【資料1】のLM及びMM冒頭部分*5
- 「’78字体」というのは現行の電算出力機の基本字体。
- LMに「次・資・姿・諮」は記載なし=4字種とも手動機と電算78フォントとは同字体。
- MMには「次」はあるが「資・姿・諮」は記載なし=「資・姿・諮」は手動機と電算78フォントとは同字体。
- LHMとYSEMには4字種とも記載あり=4字種とも手動機と電算78フォントとは別字体。
他の部分も比較して判ったのだが、表外字に関しては、以前の記事に書いたように81年の常用漢字にあわせた改訂の際に変更されたのではなく、LHMなどのいわゆる康煕字典体を採用した表外字は書体発表時からのことであり、LMの表外字のごく一部は81年の改訂にあわせていわゆる康煕字典体に変更したという形跡もないているようだ。
ごく一部の例で申し訳ないが、81年改訂後の石井細明朝体LMと中明朝体MM(手動機用文字盤)の字体を(確認できる範囲で*6)前出の画像を利用して示しておく。
- 実装字体の方に赤●=LM、青●=MM を付した
- 2ブロック目以降が表外字にあたり、LMの「稽・歎」などは変更されたことになる……
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●電算写植の字体
【再掲:基本的な情報を参考までに】
- 電算フォントは出力機の変遷に伴い「SK」-「SC」-「’78」と変遷
- 「SK・SC」はCRT方式、「’78」でレーザータイプに(文字盤からデータへ)
- 「SK・SC」からJIS78に合わせた「78」に大幅変更した時期は1988年、その後改定せず、現在もママ
- 現在は「’78」が基本字体ではあるが、過去データを活かすために「SK・SC」がオプションとして出力可能
- 常用漢字に追加された「嫌・喝・挿・挟・靴・濯・蛍・泡・渓・溝」などは「SK・SC」では旧字体だったが、「78」では新字体に
- 人名用漢字の「琢・遥・那・翠」なども上記同様に「78」では新字体に
- 後に印刷標準字体となる表外字の「歎・嘘・揃」などは「SK・SC」のいわゆる康煕字典体を「78」では78JIS例示字形に
- 後に印刷標準字体となる表外字の「鴉・斃・穿・叛・芒・豹・騙・煽」などは「SK・SC」のいわゆる康煕字典体を「78」では78JIS例示字形に(前出省略)
以下、別窓で
【資料4】のLM冒頭部分(78対SC)
【資料4】のMM冒頭部分(78対SC)
- これらからは手動機(LM, MM)では81改訂後も新字体だった「簾・於・叛・篇・斃」なども「SC」ではいわゆる康煕字典体だったことがわかる(結局、これらも78JIS字形に変更されるのだが)し、常用漢字に準拠していないこともわかる
【資料2】及び【資料4】をザッと通してみたところ、大まかには……
●「SK・SC」の場合、
(当用漢字を除く)表外字はJIS例示字形とは無関係にいわゆる康煕字典体
(改訂後の手動機用はこれに常用漢字及び81までの人名を反映)
●一方、現行の「’78」の場合、
(常用漢字及び81までの人名を除く)表外字は78JISの例示字形
となっている。
つまり、比較的新しい書体の81年の手動機用文字盤における表外漢字の(JISに縛られない)字体変更「いわゆる康煕字典体の採用」という「快挙!」は、電算写植の字体においては「’78フォント」への変更によってまったく逆方向への揺れ戻しがあり、ことごとく無に帰してしまった感がある。
以下、以前にtwitterに流した覚え書き
- 写研の「石井細明朝体」には「常用」の墨だまりがあって跳ねあげてある字形は手動機にも電算にも存在しない……ひとつの発見
- 写研の電算は当初のSKフォント〜SCフォントはほぼ手動機の81年改訂後の字形だったが、1988年にJIS78に合わせ78フォントに大幅変更し、その後改訂せず、現在もママ(※この部分、手動機は常用・81人名を反映しているので少し違う)
- 墨だまりを伴って跳ねあげる常用様の「次」や04JISで変更された「茨」はSC字形として出力可能だが、石井細明朝体に限ってはSC字形の「次」はない。
- 手動機用文字盤では
81年に常用漢字の制定にタイミングをあわせて、JISとは無関係に(自主的に)字形を改訂したが、その後の電算における(自社の字母で印刷されたという)JIS78フォントへの先祖返りは何がその主因だったのか? - 標準を78フォントに変更した1988年は出力方式のCRTからレーザーへの移行ともタイミングが合っているそうだが、出力結果が眼に見える手動機とは異なり、電算ではコードで字形を確定しなければならないコトとも絡み、社会的に認知された(例示字形でしかない)78JISに回帰してしまったということだろうか?
最後(失礼)の段階で、JISの例示字形に依拠してしまったその判断が少し残念ではある。
光栄なことに、明朝体・考の長村玄さんからtwitter上でコメントをいただいた。
ご興味のある方はご参照あれ。
感想を呟いてくださった長村玄氏とのやりとり
さらに、先の長村さんのご発言を受けてやりとりされたtwitter上での発言を以下にまとめたのでご興味のある方はご参照あれ。
@monokanoさんとのやりとりを中心に
@koueiheiさんのご意見を中心に